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松江地方裁判所 昭和45年(わ)21号 判決

会社員

甲野一郎

会社員

乙原二郎

会社員

丙山三郎

土木作業員

丁川四郎

右四名に対する各器物損壊被告事件について、当裁判所は検察官井上隆久出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人甲野一郎を罰金三万円に、同乙原二郎、丙山三郎、同同丁川四郎を各罰金二万円に、それぞれ処する。

被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、それぞれ金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は、その四分の一ずつを各被告人の負担とする。

理由

(犯行に至る経緯)

(一)  被告人らの身分等

被告人らは、当時いずれも島根県内において地方鉄道業、一般自動車運送事業のほか遊園地、百貨店等を経営している一畑電気鉄道株式会社(以下一畑電鉄または会社という)の従業員で、同社出雲営業所に勤務するとともに、日本私鉄労働組合総連合会傘下の私鉄中国地方労働組合に加入し、同組合一畑電鉄支部(以下私鉄一畑支部という)の出雲分会に所属する組合員であり、被告人甲野は右出雲分会の分会長、同丁川は私鉄一畑支部の執行委員をしていたものである。なお私鉄一畑支部は、従来一畑電鉄の唯一の労働組合であった一畑電鉄労働組合(以下一畑労組という)の組合員の一部の者が、昭和四三年五月一日一畑労組を脱退して結成したものであって、以後右二つの組合が併存することとなったが、一畑電鉄従業員の多くの者は一畑労組(全日本労働総同盟の系統)に加入しており、私鉄一畑支部は少数組合であった。

(二)  本件に至る鉄道問題の発生とその後の経過

一畑電鉄は、島根県内において松江市、平田市、出雲市及び大社町を結ぶ鉄道路線を有し、地方鉄道業を営むほか、前記のような各種事業の経営をしていたが、昭和四七年三月二五日私鉄一畑支部、一畑労組の双方に対し、昭和三七年以降右鉄道部門の経営内容が次第に悪化してその収支が赤字となり、今後も業績の好転が期待できないうえ、昭和四六年には同社のバス部門の収支も赤字に転落し、百貨店部門の収益の増加も頭打ちの状態であって、右鉄道部門の赤字を他の営業部門の経営努力により補ってゆくことが困難となったことを理由に、このままの形態で鉄道事業を継続することは不可能であり、この際何らかの抜本的方策を講ずる必要がある旨通告するとともに、これについての組合側の意見を徴したところ、両組合とも鉄道部門の廃止に反対しその存続を強く求めたため、昭和四七年六月一二日両組合に対し、「新たに別会社を設立し、鉄道部門の経営及び運転の各管理を除く一切の業務をこれに委託する。現在の鉄道部門の従業員は、右経営及び運転の各管理の業務に従事する少数の者を除いて全員が一旦一畑電鉄を退職し、新会社で採用する。」等を骨子とする会社案を提示して、業務委託方式による鉄道部門存続の意向を示す一方、右業務委託方式によることができないときは鉄道事業を廃止せざるをえず、その場合には、昭和四九年三月までの間に二段階に分けて全鉄道路線を撤去し、鉄道部門従業員全員を退職させるとの考えを示した。これに対し、私鉄一畑支部はただちにその対策を協議し、右業務委託案も結局は鉄道廃止につながり職場を失うに至る等としてこれに絶対反対の立場をとり、右委託案の白紙撤回を求め、以後団体交渉において業務委託方式の具体的内容について協議しようとの会社側の要求を拒絶するとともに、傘下各分会に対し、沿線住民等に対する署名運動、ビラ配布、ビラ貼付等の各種情報宣伝活動の指令を出すかたわら、私鉄中国地方労働組合本部をはじめ各種労働団体、沿線市町村等に対し支援を要請する等の諸活動を展開した。また一畑労組も右会社案に反対の立場をとって白紙撤回を求め、沿線各市町村議会等も会社案はその利害に影響するところが大きいとしてこれに反対の立場を表明するに至ったが、会社はその後も一貫して鉄道事業存続のためには右業務委託方式によるほかなく、さもなければ廃止もやむをえないとの立場を堅持し、昭和四七年九月五日、両組合に対し文書で業務委託方式の具体的内容を提示し、同月二〇日ごろから鉄道部門の職制等に対し、その説明を行う等してあくまで業務委託方式の実現を目指す強い姿勢を見せた(以上一連の会社側提案を以下「鉄道廃止問題」という)ため、ここにおいて、私鉄一畑支部は会社と対決すべく、同月二五日の零時から一二時にかけて半日ストライキを実施することを決め、同月二二日ごろ傘下各分会にその旨を指令した。

(罪となるべき事実)

第一  被告人甲野一郎は、前記情報宣伝活動の指令に基づき、昭和四七年九月二二日午後三時ごろ、島根県出雲市今市町北本町四丁目一の一三番地所在の一畑電鉄出雲営業所において、同営業所建物二階東側の窓ガラス(但し、階段中央付近にある窓ガラスを除く)全部のほぼ全面にわたり「首切り絶対反対」、「鉄道廃止反対」、「委託・廃止反対」とそれぞれ印刷した横一三センチメートル、縦三七センチメートルのビラ合計一六〇枚を、裏全面に糊を用いて殆ど隙間のないくらい密接集中させて貼り付け、右窓ガラスの採光等の効用を著しく減損し、もって会社所有の器物を損壊し

第二  前記指令に基づき被告人甲野一郎、同乙原二郎、同丙山三郎、同丁川四郎は共謀のうえ、同月二四日午後三時ごろ、前記一畑電鉄出雲営業所において、同営業所建物一階東側の窓ガラス全部及び一階南側正面玄関東側の扉ガラス、その上部窓ガラス、玄関左右出窓の窓ガラス全部のほぼ全面にわたり、前同様のビラ合計約二〇八枚を、裏全面に糊を用いて殆ど隙間のないくらい密接集中させて貼り付け、右扉ガラス、窓ガラスの採光等の効用を著しく減損し、もって会社所有の器物を損壊し

たものである。

(証拠の標目)…略

(法令の適用)

被告人甲野の判示第一の所為は、刑法二六一条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第二の所為は刑法六〇条、二六一条、罰金等臨時措置法三条一項一号にそれぞれ該当するところ、本件犯情並びに昭和五二年一一月中央労働委員会で和解が成立したこと等を考慮して、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪なので、同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で同被告人を罰金三万円に処し、同乙原、同丙山、同丁川の判示各所為は同法六〇条、二六一条、罰金等臨時措置法三条一項一号にそれぞれ該当するので、前同様の理由により所定刑中いずれも罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で右被告人らをそれぞれ罰金二万円に処し、被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、刑法一八条によりそれぞれ金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文により、その四分の一ずつを各被告人に負担させることとする。

(弁護人の主張に対する判断)

(一)  弁護人は、被告人らの判示各ビラ貼り行為により判示各窓ガラスの効用が減殺されたとしても、その程度は軽微であり、しかも一時的なものにすぎなかったのであるから、右各行為は器物損壊罪の構成要件に該当しないと主張するので、まずこの点について判断する。

前掲関係各証拠によれば、被告人らの判示各ビラ貼り行為の対象となった窓ガラス及び判示正面玄関東側の扉ガラスは、会社出雲営業所(木造二階建、以下単に社屋ともいう)の外側部分にある取りはずし可能な窓及び扉を構成し、社屋東側についていえば、一階には南から北へ順次応接室、宿直室、業務用掲示室兼ロッカールームが、二階には同様営業所運転手室、観光運転手室がそれぞれおかれており、しかも右窓は右各室に対応して設置され、その窓ガラスには一部磨ガラスが用いられているほかは透明ガラスが使用されていること、また右各窓ガラスが常時カーテン等により遮蔽されていた事実もないことが認められ、これらの事実に徴すると、右各窓ガラスの主たる効用が採光機能にあることは明らかであり、このことは社屋正面玄関部分の扉ガラス、窓ガラスについても同様である。而して、被告人らが各貼付したビラ記載の文言、その一枚の大きさ、各貼付の方法、枚数等は、いずれも事実摘示のとおりであり、右ビラが透光性の乏しいものであることも前掲証拠上明白であって、その結果判示各窓ガラス(前記扉ガラスを含む、以下同じ)は表面のほぼ全面、少いものでもその大半の部分が右のようなビラによって覆われるに至り、窓ガラスの主たる効用である採光機能が著しく減損されたことは否定できず、弁護人主張のように、その減損の程度が軽微であるとは到底いいがたい。さらに前掲証拠によると、昭和四七年九月二八日午後から右営業所長ら幹部数名において、判示各窓ガラスに貼付されたビラを含め社屋に貼付されたビラの除去作業に従事したが、当時既に糊が乾燥して固着していたため容易に除去できず、判示各窓ガラスに貼付されたビラについては、当該窓ガラスを窓枠ごと取りはずして同営業所の洗い場に持っていき、同所で約二〇分間放水したのち物差し等を用いて剥ぎとったが、同日中には完了できず、翌二九日か三〇日ごろまでかかってようやく完全に除去したことが認められるのであって、これによると判示各窓ガラスの効用減損が必ずしも一時的なものであったともいえないところである。(なお前掲証拠によると、社屋二階東側各室の利用目的や利用状況に照らし、また社屋一階西側にある事務室については執務時間中常時螢光灯によって照明されていたこと等により、本件ビラ貼りによって事務処理に具体的な支障は殆ど生じなかったことが窺われるが、このことは判示各窓ガラスの効用が著しく減損されたとする前認定を左右するに足りない。さらにビラの除去に相当の時間を要したのは、証拠保全のためなるべく原形のまま剥ぎ取るよう指示されていたためであることは証拠上明らかであるけれども、判示各ビラが裏面全体に糊付けされて乾燥固着し、容易に除去できる状態になかったことは先に説示したとおりであって、単に除去だけを目的として作業をしたとしても、かなりの時間と労力を要したこと明らかといわざるをえず、未だ効用の減損が一時的なものではないとする前記認定説示を動かすものではない。)

よって、判示各ビラ貼り行為はいずれも刑法二六一条の器物損壊罪の構成要件を充足するというべく、弁護人の主張は採用できない。

(二)  また弁護人は、被告人らの判示各ビラ貼り行為はたとえ形式的には器物損壊罪に該当するとしても、正当な労働組合活動としてなされたものであるから労働組合法一条二項により違法性が阻却されるべきである旨主張するので、次にこの点について判断するに、本件各ビラ貼り行為が鉄道廃止問題に関して、私鉄一畑支部の指令に基づいてなされたものであり、かつ同支部の要求事項である鉄道廃止反対と会社提案の業務委託方式の白紙撤回を組合員その他に訴え、その支持を得るために行なった情報宣伝活動であることは既に認定したとおりであるから、被告人らの右各行為は労働組合活動として正当な目的のためになされたものということができる。

しかしながら、目的が正当であれば直ちに労働組合の正当な行為として違法性が阻却されるものではなく、そのためには手段の点についても社会的相当性が要求されるのであって、結局は本件器物損壊行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮し、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否かによって決せられるというべきである。これを本件についてみるに、被告人らのビラ貼り行為は判示のとおりで、その結果多数の窓ガラスを損壊し、ビラの除去に際しても相当の時間、労力を要したことは前記のとおりであるから、これにより会社に与えた損害は必ずしも軽微とはいいがたい。次にいわゆる鉄道廃止問題の発生から本件犯行に至るまでの経緯、この間における会社と私鉄一畑支部との対立関係、関係市町村の対応は前認定のとおりであり、会社としてもその提案にかかる業務委託方式による解決に固執するあまり、右業務委託方式は結局鉄道の廃止につながり、職場を失うに至るのは必至とする労働組合の切実な反対や、地元の利害に大きな影響があるとする関係市町村の反対意見について、謙虚に耳を傾ける姿勢にいささか欠ける点があったのではないかとの疑いもあり、この点は十分検討に値するが、しかし、さらに進んで右鉄道廃止問題の関係で、会社側において私鉄一畑支部及びその組合員に対し不当労働行為その他の違法行為をなした事実はないのであるから、会社の業務委託方式による解決案が鉄道部門に働く労働者にとって職場の確保、労働条件の切下げ等の面で重大な影響を及ぼすおそれのあるものであったこと及び私鉄一畑支部にとってストライキを間近かに控えての情報宣伝活動としてのビラ貼りの重要性並びに前記会社の姿勢についての疑問等を考慮しても、被告人らの判示各ビラ貼りがその要求実現のため真にやむをえなかったとするのは困難である。のみならず、本件鉄道廃止問題の発生前にも、いわゆる春闘等において、私鉄一畑支部による会社施設へのビラ貼りがなされてきたことは明らかであるところ、当時のビラ貼りはその枚数において本件より格段に少なかったこと、鉄道廃止問題発生後の昭和四七年八月、会社の平田駅構内へ貼付されたビラが本件程ではなかったが相当多数に達したことから、会社労務部長が私鉄一畑支部の当時の書記長に対し、右ビラの撤去を要求し、このままの状態が続けば告訴も辞さない旨再三警告を発した等の諸事実が前掲証拠上肯認できるのであって、一畑電鉄内において争議時等に私鉄一畑支部による会社施設に対する本件のような大量のビラ貼りが慣行となっていたとか、まして会社施設に対するビラ貼りを会社が容認もしくは黙認していたとは到底いえないのである。さらに従来争議終了後に私鉄一畑支部の組合員の手により、貼付したビラの除去が常時なされていた事実も認めがたいのであるから、被告人らの判示ビラ貼りによって、出雲営業所の業務に具体的な支障は殆ど生じなかったことが窺われ、貼付したビラの記載内容に特に不当というべき点もなく、一応整然と貼られている等の諸点並びに既に説示してきた諸事情を総合考慮しても、被告人らの判示各所為は、労働組合活動としてその目的達成のため相当と認められる手段の範囲を逸脱したものであって、違法性を否定できないといわざるをえず、弁護人の主張はこれまた採用できない。

(一部無罪の理由)

検察官は判示第二の事実につき、被告人四名が判示正面玄関東側の扉ガラス、その上部窓ガラス、玄関左右出窓の窓ガラスのほか、玄関東側(応接室南側)、同西側(事務室南側)の各窓ガラスにもビラを貼りつけ、もってこれらを損壊したと主張し、これをも起訴していると考えられるので検討するに、前掲関係証拠によると、被告人四名が共謀のうえ、判示日時ごろ右玄関東側の窓ガラスに判示と同じビラを七枚、玄関西側の窓ガラスに同ビラ一五枚をそれぞれ貼付したことが認められる。しかしながら、これら貼付にかかるビラ全部の右各窓ガラスの面積に占める割合はいずれも半分にも満たない程度であり、しかも比較的整然と貼られていること証拠上明白であって、前認定にかかる右ビラの記載文言等をあわせ考慮すると、本件ビラ貼りにより右各窓ガラスの主たる効用である採光機能が著しく減損されたとまでは認めがたく、窓ガラスのその余の効用として外部への見通し、美観等があるとしても、未だかかる効用を著しく減損したともいうことはできず、被告人らの右ビラ貼りは器物損壊罪を構成しないと解するのが相当である。しかし、右ビラ貼りは判示第二の器物損壊罪と包括一罪の関係にあるとして起訴されたものと認められるから、主文において特に無罪の言渡をしない。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横山武男 裁判官 長門栄吉 裁判官 福井一郎)

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